3259F ― 2024年10月05日
6両編成2次車ですなあ。ちょっと意外な変更があって話題になっています。
ドア上車内案内表示器が更新されているようです。今までは普通の3色LED千鳥配置ですが、これがカラーになっている。
各サイトではフルカラーとなっていますが、表示は今までの3色と同様文字だけですので、フルカラーを表示する必要はありません。8色マルチカラーで十分だと思います。まあ反転表示を使うのであればフルカラーが生かせますけど。
なぜこんな変更を?と思いますが、使用している3色LEDの輝度が下がってしまったりして交換が必要だけど、もう3色のユニットが製造されていないというのが理由なんじゃないかと考えています。
1、2次車は車体更新されない(少なくとも1次車は確定?)けどまだ当分使うので、劣化部品は交換していくということなのでは。
従って、1次車や8両3次車も劣化したものから順次このカラー表示に変更になっていくものと思われます。例によって自分の勝手な思い込みですが。
江ノ島線では8両編成の試運転がまだ行われているようです。8両急行が登場するのでしょうか。
3000形8両編成は現状8編成ありますが、今後どうしていくのか。このまま使い続けるなら、3658Fまでの8編成を現在6両編成で行っている更新と同レベルの更新を行うのかな。
ツアー ― 2024年10月12日
最近、矢継ぎ早にツアーを企画する小田急ですが、今度は2059Fを使用した全線走破ツアーです。
2000を使う。普段営業運転では入線しない江ノ島線や秦野以西も走るということで、まあ珍しいですね。担当するのが2059F。単にまだ帯がロイヤルブルーであることだけが他編成との違いですが。
こういう企画出されると、このツアー後の事を大体考えます。帯張り替えるのだろうか。
8両編成B運用は17運用あって、車両も17編成なので予備がない。で、1000ブツ8が登場するわけですが、このブツ8が組めるのは1編成だけです。8両編成車が入場すると運用的には予備なしとなります。しかし10両でもこの運用はこなせるので特に問題ないです。
結局B運用って10両編成を使えるので、益々8両編成車が中途半端になってしまいます。
この8両編成、多摩線では現状早朝深夜しかないので、私が2000に乗る機会はほぼありません。以前は区間準急でよく乗ったのに。
ツアーに充当する車両がどんどん新しい車両になっていくのが、何か不安です。変化が激しくなっていくのでしょうか。
パルテノン ― 2024年10月19日
多摩において、「鉄道が街にやって来た~多摩ニュータウン鉄道開通50周年~」という展示が行われているので見てきました。これ5月30日からやっていて11月10までだからまだまだ日はあると思っていましたが、あの連日の酷暑で忘れかけていました。
今までに関連イベントが色々行われていたようですが、それらもほぼ終わり、会場はシーンとしていました。
展示の中身は各種パネルとと車両模型、ビデオ上映などです。
ここで1枚写真を撮りました。
1975年 永山駅
撮影禁止とはなっていなかったのでこれだけ撮影しました。ビデオの方は撮影禁止の表示がありましたが。
小田急多摩線が永山まで開通したのが1974年6月。京王相模原線が多摩センターまで開通したのが1974年10月。小田急多摩線が多摩センターまで開通したのが1975年4月。
京王の開通が遅れたのは土地の取得に手間がかかったのが原因らしいですが、小田急の多摩センター開通がなぜ1年遅れたかについて記述しているものは発見できませんでした。なぜなんだろう。
で上の写真は終点時代の永山ですが、当時ホームはすでに10両分ありました。実際運転される列車は2両が多く、せいぜい4両でしたのでホーム上屋は短いです。この短い時代が長く続きました。
永山は新百合ケ丘側にすぐトンネルがあるため、折り返し用の渡り線はホームにかかって設置されていました。まあそれがよく分かる写真です。
開通当初は沿線はまだ何もない状態で、小田急は本線輸送が逼迫しだしていたため新宿方面の直通はほぼない状態。車両も旧型ツリカケ鋳鉄シューのABF車が多く走っていて、折角の真新しい白い線路を茶色く変色させていたわけです。
あれから50年。小田急の方が遅くて高いという状態は現在でも続き、乗降人員もダブルスコアとまではいきませんが、京王の6割程度となっています。
小田急、なんか多摩線のてこ入れが必要なのかも知れません。

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