自分の乗った-72026年06月13日

今回は2300と2320です。なぜ分けなかったかというと、特急専用車時代の2300は全く知らないからです。1回目の格下げ改造が実施されて2扉セミクロスシートになってからしか知らないのです。つまり2320とほぼ同じなので、同時にとりあげました。

私の知っている2300は格下げ改造はされても前面はいわゆる湘南顔で、両開き2扉であってもクロスシートが設置されていました。車体幅は他車よりも100mm広い2800mmでした。なぜこの車両を広くしたんでしょうね。他車が2700mmなのは、当時の地方鉄道法で車体最大幅の規定があり、これは2744mmだったようです。しかしすでに特急車として特認で2800mmであった1700が走っていたので、特急車は2800mmとしたかったのかも知れません。
この法規制による車体幅、次のHE車(2400)でも話題になります。

この1回目格下げ改造車と同様の車両をわざわざ新製したのが2320です。車体はほぼ2220なのですが、窓配置は両開き2扉セミクロスシートでした。この2車種を使用して準特急なるものが運転されていたようですが、それも全然知りません。
ただこの2車種、各停としても走っていました。私は喜多見に住んでいて、当時喜多見には小学校がありませんでした。人口が少なかったということです。それで、1年生から成城の小学校まで電車通学をしていました。公立の小学校に通っているのに。
なぜかというと喜多見と成城の間には国分寺崖線があります。この辺りは高低差もかなりあり、安全な通学路がないと判断されたようです。
高学年になり電車趣味に目覚めてきたころ、成城学園前駅の下りホームに降りると1番線に電車がやってきます。これが2300か2320であったことが何回かありました。しか~し、これが全て成城学園前止まりだったのです。乗客を降ろしてドアを閉め、喜多見方に進んで下り本線で入換を行い、上り4番線に入っていくのを指をくわえて見ていました。この悔しさを今も覚えています。なのでこのセミクロス時代に乗ったことは1回位しかありません。

そしてこの2車種とも、HE車の増結用として片開き3扉の2両固定編成への改造を受けます。2300にとっては2回目の大改造です、この時、特徴的だった湘南顔は普通の小田急顔に変えられてしまいました。側面はかなり特徴的な窓配置となりましたが、前面は普通の小田急顔です。但し、正面から見ると2300だけは車体幅が広いのが明確に分かりました。

残念ながら写真は一切ありません。まあ全形式を記録するなんていう意識がなかったということです。

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